本読みライフ

読書ブログをやろうと思って気づいたら迷走している。

相変わらず人生の目的がわからないでいる

3月も、後半に突入しそうである。

 

先日、人生の目的が分からない、的なエントリーを書いた。

 

そして、今月22日に、新しい先生になって2回目のカウンセリングを受ける予定だ。

 

が、状況は全く変わっていないと言っていい。

 

B型で週に2回、Javaの勉強をしているが、一日4時間だがかなり苦痛である。1月の20日頃に、急にプログラミングへの興味を失って以来、まだ取り戻せないでいる。

 

その状況において、4時間勉強するというのは結構きつい。

 

スッキリわかるJava入門というテキストは、もう2周してしまった。

 

仕方がないので、次は、スッキリわかるJava入門の実践編というテキストをやることになっているのだが、正直やる気がわかない・・・。

 

だったらやめれば、という選択肢もなくはないのだが、相談支援員の人やB型の人に説得されて、辞められる状況ではなくなってしまった。

 

大雑把に言うと、あなたの両親はもう80歳とか75歳とかで、いつかは、というか、10年くらいで多分死にます。そうしたときにこのままプログラミングをやってないと、仕事に就けず、大変なことになりますよ、というのだ。

 

確かに、一理ある、というか、僕も頭では分かっているつもりだが、人間、あまり先のことは考えられないというか、考えたくないので、そういうときがやってきたらやってきたでどうにかなるんじゃないかなぁ?くらいに考えているのだが、それではいけないらしい。

 

まぁ、その通りなのだが。

 

しかし、まだJavaの勉強を始めて間もないのに、こんなにも楽しくなくて、果たしてこれで将来プログラマーとしてやっていけるのだろうか、というのも不安だ。

 

まぁ、お金がなくなれば、嫌でもやっていくしかないのだが、それが人生か?

 

ああ、それが大多数の人の人生だったな、とは思う。

 

僕の父も最近また言っていた。甥っ子と話していたときのことだが、父はやりたくない仕事、行きたくない会社に何十年も行って苦痛でしかなかったと。それに比べておまえ(甥っ子)はやりたい仕事に就こうとしていてうらやましいよ、と。

 

甥っ子は成人しているのが二人いるのだが、一人は音楽が好きでミュージシャンになり、もう一人はゲームが好きすぎてゲーム制作をする専門学校と大学のハイブリッドみたいな学校に行っている。

 

それにしても僕の人生よ。

 

テレビやニュースやSNSを大幅に削ったことにより、大量の自由な時間が発生してしまったものの、読書以外特にやりたいことがなく、その読書も最近はいまいち低空飛行気味。暇な時間を持て余している。

 

仕事は、B型に行ってJavaを勉強して、将来プログラマになることの道筋をつけられてしまったので、アルバイトさえ出来ない(B型に通いながら仕事をすることはできない仕組みになっている)。

 

そのJavaの勉強が早くも苦痛。

 

色々詰んでいるような気がしてならない。

 

やっぱうつなのかな?と思わないでもないが、食事で例えると、高級で美味しい食事だとガツガツ食べられそうなので、やっぱりうつではないと思う。ただ、出されている食事がまずいだけなのだ。

 

老化?まぁ、老化はありそうではある。僕ももう49歳なので、いろいろ興味というか、欲みたいなのが衰えているというのはあると思う。

 

こんなこと、カウンセリングの先生に相談しても、どうにもならないんじゃないかなぁ?知らんけど。

 

とりあえず、金曜日に2回目のカウンセリングを受けてきます。