本読みライフ

雑記っぽいですが、基本は読書ブログです。

もしあと少ししか生きられないとしたら、何をしますか?

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今日、毎年受けている特定健診を受けました。

血液検査の結果は一週間後ですが、胸部レントゲンの結果、なにか怪しい影?穴?のようなものが写っており、大きな病院で精密検査をと言われました。

先生は、安心させるためか、たぶんなんでもないと思うけど、とか言ってましたが、僕は心配性なのでその言葉を信じることはできません。

現に精密検査はするのですから。

もし、肺がんとかで、余命幾ばくもないとしたら、僕はどうすればいいのでしょうか?

人生でやり残したこと

いま、47歳。江戸時代や明治時代だったら、十分に生きたと言えるかもしれない。

しかし、今や人生100年時代とも言われるようにみんな長生きになった。

47歳は流石にまだ若い。

なにか人生でやり残したことはないか?

30を迎える頃に、一つの葛藤があった

こういう問いは、よく自己啓発本の中で問われる。

だが、僕はあまり、後悔というか、あれをやっておけばよかった、というようなことはないように思われた。

インドア派で、旅行も好きではないし、庶民が欲するであろう大抵のことはやって来たような気がする。

ただ、女性が苦手だった。端的に言ってモテなかった。

30歳になろうとしていた。彼女などいた事はなく、童貞だった。流石にちょっとまずいと思った。

若杉公徳「明日のエサ キミだから」

これはもしかしたら、男性というか、動物の本能のようなものかもしれない。

子孫を残したい、遺伝子を残したい、と言うか。

結局、30歳のときの自分に伝えたいのだが、お前は37歳まで童貞だよと(笑)

沖縄に行きたい

また、これは今でも思っているのだが、沖縄に一度行ってみたい。

理由は単純で、ここが寒いからだ。僕は極度の寒がりなのだ。

一応、九州ではあるが、北の方なので寒い。

僕にとっては、11月の半ばくらいから5月のゴールデンウィークくらいまでが冬で、1年の内の約半年が冬なのだ。

一年中温暖な沖縄で暮らしたい。

小説を書きたい

文学が好きだ。

いつか、芥川賞を取りたい。

いや、別に芥川賞でなくていいから、ひとつ、自分で書いた小説を完成させたい。

老人が晩年になって、自分史を書きたくなるような心境だろうか。

大恋愛をしたい

これはもう叶わぬ夢かな。もう47歳だもんな。

先程の、37歳まで童貞問題とも絡んでくるが、とにかくモテないもんで、恋愛経験があまりというか少ない。少なすぎると言っていいだろう。

誰かを本気で大好きになったことが、片思いは別として、ない。

誰かとお互い大好きになって大恋愛がしてみたい。

どうせ死ぬのになぜ生きるのか

名越康文先生の著書に「どうせ死ぬのになぜ生きるのか」というタイトルの本がある。

前に期待して読んでみたけど、もう内容は覚えていないが、期待外れだった記憶がある。

確か仏教のことが書いてあったような気がする。

どうせ死ぬのになぜ生きるのか?

これは常々思ってきたことで、人間、必ず最後は死ぬのだから、芥川賞を取ろうが、ノーベル文学賞を取ろうが、社長になろうが、最後は死んでしまうのだから意味ない。

それがなんだというのだろう?名誉?後世に名を残す?そんなのちっともうれしくないし、死の前では無力だ。

だから未だにこの答えはわからないままだ。

死ぬという恐怖

記憶にあるのは、確か小学生の頃くらいから死の恐怖を感じて生きてきた。

いま、ここに存在している自分、その存在自体が消えてなくなるというのはどういうことか?

我思う故に我あり、思っている我は、確実に消えてなくなる。

そのことが何度考えてもぐるぐると頭の中をめぐり、恐怖に包まれ、考えまいとし、何か他のことを考えて気をそらそうとした。

そうしたことはいまでもしばしばある。

日本人の死生観

これは、日本人の死生観とも関係しているかもしれない。

ご多分にもれず、自分も生粋の日本人で、死んだらただ単に無になるとしか思ってない。

天国もない。来世もない。死後の世界もない。

ただ、眠るように意識がなくなり、あとは自分の知らないところで火葬されて骨と灰になるだけだ。

魂なんてない。なんにもないのだ。

それ故の圧倒的な恐怖。

日本人に生まれてよかったのか悪かったのか、よくわからない…。